くすのき連は、平成11年8月、初めて連として20名がまとまって徳島に行ってきました。もちろん踊りにではなく単なる見学ですが、やはり本場の雰囲気は違います。また、写真が多く、23時過ぎはかなり重たいかもしれません・・・
平成11年 8月12日(木)
(記載が数日経ってからのため場所や順序、時刻の正確性に若干欠けるかもしれませんが、悪しからず・・・)
いよいよ連として初めて、20名の連員で本場徳島に乗り込む。先発の4名は始発の飛行機で徳島へ。本隊は昼過ぎの飛行機で徳島へ飛んだ。この間(午前中)、先発隊は、アスティー徳島を見学したとのこと。右は、アスティーの「みんなで踊る阿波踊り」で、特徴ある踊りをして目立った人にくれる記念の旗を自慢げに見せびらかす、ねこち親分の姿。
今回の旅行は基本的に各自自由行動だが、やはりまとまって動くことに。事前にインターネットなどや電話で、いろいろ情報を収集していた。
さて、本隊も午後2時過ぎに空港に降り立ち、まずはさっそく正面玄関前のブロンズ像の前で記念撮影。次に1泊目のビジネスホテルにタクシーで向かう。今回このホテルでは、20名全員がシングルルームに泊まるというチト変わった宿泊に。ここで先発隊と合流し、各自荷物を部屋に置いた後、あらかじめとっておいた市役所前演舞場の桟敷券を持って、いい席を取るため早めに並ぶことに。
幸いこの演舞場のトップで入場するのが私たちが一番見たい有名連。もちろんそうホテルに頼んでおいたのだが。男踊り手若手のひとりは、いつでも踊れるよう、踊りの姿に着替えて見学に行くと言う。私を含め他の男踊りも、いつでも踊れるよう、足だけは靴ではなく踊り足袋だ。
17時15分開場の入口には、すでに30分前から幾人もの人達が並んでいた。スムースに入場するため、早速我々も二手に分かれて並ぶことに。交代でコンビニに買出しに行きおにぎりや缶ビールを買いこむ。
開場と同時にどっと入場し、桟敷の前のほうに陣取る。まぁまぁの席だ。開演の18時までワクワクしながら待つ。
開会セレモニーは、どこでもありがちな、実行委員会会長、市長、県知事の挨拶など。テープカットの後、第1番目にその有名連が踊り込んできた。高張り提灯の後に女踊り、そしてその後には激しい暴れ踊りの男踊り。
この後、19時30分頃までいくつかの連を見て、桟敷を出る。次に四電広場へ向かう。どこかの連が演舞していたが、警備員の話によると「もうその連は出たよ」とのこと。掲示してある出演予定表には、毎日21時30分頃のオオトリがその連だ。しばらく見学した後、また21時30分頃来よう、ということで、別の演舞場に向かう。21時過ぎ両国本町演舞場に行くと、にわか連の高張りが!当然、にわか連に入場から参加した。若手3人は本部席前で、勝手に組み踊り「鳴門」を披露!みんな普通の服装で汗だくになりながら思い思いに踊る。
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次に南内町演舞場に向い、阿波踊り振興協会加盟連の総踊りを見る。数百人のお囃子だ。これに、これまたスゴイ数の踊り手がやってくる。遠くから女踊りの笠と手だけが数え切れないほど徐々に近づいてくる様は圧巻だ!
田舎町の野球少年少女グループが、普段はビデオや写真でしか見たことがないプロ野球を本場の都会に見に行って、「只今から入場してまいりますのは、セントラルリーグ所属の、読売巨人軍、中日ドラゴンズ、横浜ベイスターズ・・・」などと大音量で何度も何度も繰り返し繰り返されるアナウンスとともに、本物の選手たちが次々目の前に行進して来るようなものだ。見たことがある選手や監督がたくさんやって来る・・・我々がいかに興奮し感激して見ていたか、こういう表現でご想像頂けるだろうか。
もちろん最後は観客も踊らせてくれる。大太鼓の前を踊るときは大太鼓だけが、締めの前では締めの音だけが、鉦の前では鉦の「キンキンキン」という音しか聞こえず、世の中その音だけ。その中を無心で踊る。何か陶酔してしまう気分だ。笛の前では笛だけ、三味の前ではもちろん三味だけが聞こえる。こんな体験はここでしか出来ない。
この後、阿波踊り一色の市内を見学した後、ホテルまで歩いて帰り、ホテル近くの居酒屋で午前2時まで呑み、互いの感想、感動を話し合う。
ホテルに帰ってからも興奮が覚めやらず、いくつかの部屋で2次会が催され、明け方までそれぞれが飲み明かした。8月13日 8月14日
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