平成11年 7月 9日(金)
明日10日の振り替えで今日が練習日。前回5日(月)のときは、男、女、お囃子すべての部門で大勢の練習参加者がおり、「やっぱり7月に入ると違うね」と話していたが、今日はいつもの人数に戻ってしまった。
それでも、男8人、女6人、お囃子5人と、まずまずの出席率。
練習紹介のとおりいつものメニューをこなすが、今年のストリートの本番、武蔵小金井阿波踊り大会も間近に迫ってきた。そろそろ組み踊りの構成を考えないといけない。
毎年新作を考え、旧作との組み合わせで、その大会の各通りの幅やお客さんの入りに合わせて組み踊りの構成を考えている。しかも、ここでのパターンが、その後糀谷、高円寺と続く今年の大きな大会に引き継がれていくので、小金井用の検討には重要な意味がある。
女踊りは、この日さっそく新作を研究し、すでに練習も開始した。一方、男踊りは毎年毎年「今年こそ何か考えよう!」と話しはするが、結局特に目新しい発想が浮ばない。
しかし、5月に徳島まで自費で出張し研究してきた若手三人衆が、鳴門の渦潮を意味する踊りを考案。「なると」と当初名付けられたが、本人たちは「うずしお」の方がかっこいい!というのでそうなった。
今年の小金井は、「うずしお」のほか、定番を手堅く披露することとする。もちろん重要なのは「流しの基本踊り」であることに違いはない。
練習が終わったら、いつもの「弥生軒」で午前0時過ぎまで。その後は「榛名」と、いつものコースで午前3時に終了・・・(^^ゞ 相変わらずお疲れ様・・・
平成11年 7月10日(土)
この日の夜、長原商店街の方々と本番の打ち合わせがあった。落合事務局長と私とで参加。
先月は大森町共栄会の方々とも打ち合わせをしている。このように、事前に主催者と打ち合わせるのも事務局の仕事のひとつ。
今年の長原は、環七の信号から駅へ向い、途中の十字路で5分くらいの組み踊りをして駅前の特設ステージまで進む。連長挨拶の間、踊り手は若干休憩し息を整えた後、ステージとその前のスペースを使って10分から15分の組み踊りを披露。その後、商店街事務所まで流し踊りで進むという流れに決定した。
理事長さんも「私たちも以前から糀谷や大森町で見ていて、ぜひうちの商店街でもと思い昨年出演してもらった。昨年実施したら私たちより観客の皆さんに大盛況で、すごい反響があった。」とのこと。
「今年も頑張ります」と誓い、さまざまな話題に深夜まで話しが弾んだ。
平成11年 7月13日(火)
昼食後の昼休み、事務局員3人で7月中の出演の開始時刻や、お囃子などの荷物運搬の件で話し合う。太鼓や提灯などの運搬で、どうしても車が1台必要だ。多くの場合、連のメンバーが車を出すことになる。また、1日で連荘(れんちゃん)するときは、荷物と合わせて踊り手の移動手段も考えねばならない。1日に複数の出演をするときは、たいがいどちらかの施設又は商店街の方々がマイクロバスや複数のワゴン車を提供してくださる。
しかし、出番がこれだけ多いと、事務局も頭の中がこんがらがってしまうので、複数の人間で話し合い確認することとした。
またこの日、今まで出演していない某福祉施設から新たな出演依頼があった。福祉施設からの依頼は、事務局では積極的に受け入れていく方針だが、数人の意見では返答しかねるので、明日、連の重鎮にお伺いを立て、決定する方向。
今日午後2時から大森東福祉園の日常活動の時間で、阿波踊りを披露させていただいた。もちろんメンバーは休暇を取って参加。
最初の15分くらいで演技をし、その後10分程度休憩。続いて、利用者のみんなと一緒に踊る「踊りのタイム」。踊り方を簡単に説明した後、お囃子に合わせて利用者のみんなと踊る。みんな思い思いに踊っており楽しそう。
3時までみんなと楽しんで、この日の出演は終わった。
この日の午後、23日(金)に行われる武蔵小金井阿波踊り大会の連長会議。
落合事務局長が出席し、資料のほか、ポスターや昨年の地元ケーブルテレビのビデオをもらってくる。ポスターは何枚かの組み写真で作られているが、うちの連の女踊りのメンバーが大写しにされている。
夜の本庁舎に戻り、ビデオを見る。なかなかみんな格好よく踊っている。
今日は久が原福祉園と特別養護老人ホーム糀谷のダブルヘッダー。午後5時から久が原福祉園きらら祭第2部のトップを切って、外の公園で組み踊りを披露。本当は、利用者のみんなと一緒に踊る時間もあったらいいのだが、糀谷特養にも行かなければならないので、20分の演技が終わったら、すぐに控室から荷物を持って、糀谷特養から迎えに来てくれているマイクロバス2台に分乗して向かう。
特養に着くと「すぐに始めて欲しい」とのことなので、急いで出だしの流れをその場で考え、演技をした。外の通りと、中庭駐車場を続けて演技。
ちょっと遅れての到着だったし、始まる前にその場で流れを検討したのでちょっとお待ち頂いた時間が長かったかなと反省・心配していたが、観客の皆さんからは、大きな拍手を頂いたので、ホッとした。
なお、7月9日の「うずしお」は、発案者の意見で、やはり「鳴門」と命名された。
平成11年 7月21日(水)
今日は武蔵小金井大会前の最後の練習日。この流れが今年の多くの演舞場で採用される。時間を計りながら何度も練習する。結局午後6時30分から9時過ぎまで練習し、どうにか形が出来上がった。
いよいよストリートの本番もスタートした。ここ武蔵小金井阿波踊り大会も今年で4回目の出場。駅前ロータリーの演舞場の形態が、先日の連長会議のときの説明と変更になったという。これまで、前回の説明(演舞場の広さや時間など)に基づいて組み踊りを考えて練習してきたというのに、スタート直前になってそのようなことを言われても、こちらも困ってしまう。それなりの歴史のある大会の事務局がそのようなことでは、本当はいけないと思う。
とはいえ、「イベントに変更は付き物」。なんとかしなければいけないとスタート前1分まで検討し「これで行こう!」となった。駅前ロータリーではムサコバージョンや変形パートツー、チャンバラなどを入れて演技。
次の演舞場、街道の南、北、そしてムサコ通り商店街と、4演舞場を流す。
特に、街道の北、ムサコ通りは、お客さんのノリもよく、踊っているこちらも気持ちよく踊ることが出来た。ムサコのゴール地点では、男、女ともに即興でいくつかの組み踊りを披露。さらに男の乱舞も入り、お客さんから大きな歓声と拍手を頂いた。
その後は、着替え終わった後、武蔵小金井の居酒屋で午後11時20分までお疲れさん会。その後新宿、品川経由で蒲田に戻り、7名が居酒屋で反省会。さらに6名はいつものつけ麺屋で朝の5時まで飲み明かす。
また今回も、品川や調布在住の「くすのき連オッカケカメラマン」の方々もわざわざいらっしゃり、嬉しい限りだ。
また余談だが、同市の国民健康保険料納付勧奨ポスターに、我々くすのき連の女踊りが採用されていた。
ストリート第2段、大森町商店街の阿波踊りだ。午後6時45分からスタートだが、今年は我々のほかに、地元の方々で作られた連も参加された。今日がデビューとのこと。スタート直後を拝見したが、踊りの系統は我々の提灯暴れ踊りとは異なる系統ものだった。しかし、かなり練習されていることがうかがわれ、糀谷でも競演できるということなので楽しみだ。お囃子のリズムもバッチリ。赤い浴衣が格好いい。
地元に違う系統の連ができ、地元の方と一緒に楽しむという姿勢で、いろいろなところで地元連が一緒に踊れれば、ますます地域や商店街の振興のお役に立つはずだ。
商店街の理事長さん以下、理事の方々からかなり期待されていたので、それに応える踊りができたか心配だったが、お客さんの受けがよかったので、成功だったのでしょう。
終わった後、着替え場所で、「来年もぜひよろしく!」と理事長さんから挨拶を受け、お疲れさんの歓待をされる。
今日は、鵜の木三丁目町会の盆踊りで踊った。町会会館に集合し、午後7時45分からスタート。
男踊りの1名が大切な「帯」を忘れたが、気の利いた若い衆が、会館の婦人部に「流し踊りの帯、誰か持ってませんか?」と聞いてくれ「近くの人に電話して持ってきてもらう」という返事。スタート前に無事に帯が到着して、慌て者(それは何を隠そう、この俺だ!(^^ゞ)も踊ることが出来た。
会館近くの公園の手前から流し踊りで公園に入る。公園内に設けられたやぐらの周りを一周し、男女入れ替わっての組み踊り。若い衆3人組みが今年考えた「鳴門」は、動きとテンポが激しいため、観衆の皆さんの受けもすこぶるいい。大きな拍手を頂戴した。
踊り終わった後、会館で軽く頂いた。太鼓などの荷物を、来月2日の長原商店街の会館に車で運ぶ。一方10数人は蒲田駅東口に流れ、午前0時過ぎまでやはり呑んで疲れを癒していた。(翌日に疲れを残していた?(^^ゞ)
これで長原まで1週間練習も本番もない。疲れをとるためゆっくり休養せねば。